平間村の大石内蔵助

 浅野内匠頭の切腰から1年9ケ用後の元禄15年(1702年)12月14日深夜、播州赤穂藩の浪士47人が本所松坂町(現在の両国3丁目)の吉良上野介のお屋敷に討ち入った事件は元禄赤穂事件(忠臣蔵)としてあまりにも有名であります。吉良郎討ち入りの前年・元禄14年3月14日、浪士たちの主君・浅野匠頭長矩が江戸ご城内で吉良上野介を相手に刃傷事件を起こし即日切腹、赤穂藩5万3000石はお取りつぶしになってしまいましたので浪士たちは亡き主君の無念を晴らしたわけです。
 日本人には大人気のこの物語、今でも暮れになるとどこかの局で忠臣蔵を放映しています。今宵はひとつ、この鹿島田近くに残る忠臣蔵のお話を…‥… 京都は山科におりました大石内蔵助が、いよいよ討ち入りのために京都を出発して江戸にむかったのは元禄15年10月7日のことでした。内蔵助は垣見五郎兵衛と名を変えて、21日には箱根に到着しています。元箱根の箱根権現に詣でて、仇討ちの成功を祈っています。そして、仇討ちの大先輩・曽我十郎、五郎の箱根にありますお基にもお参りしています。
 翌22日に鎌倉に入って鎌倉八幡宮を参詣し、八幡宮前の雪の下に3泊、川崎に1泊、そして川崎在の平間村の仮家に26日に入っています。内蔵助が江戸の町に入る前の重要な拠点がここにあったわけです。平間村での滞在は10月26日から11月5日まで、いよいよ多摩川を渡って江戸の町へ、討ち入りの“その時”が近づいていました。その滞在地は軽部五兵衛の敷地内、そこはJR鹿島田駅からほど近く下平間の称名寺の前あたりだったと言われています。

形見のお銚子

 ここでもうひとつ、元禄赤穂事件・忠臣蔵のお話を致しましょう。
「時節が到来いたしました。これにてお別れ申し上げます。ただ何分にもこの寒さ、よろしければ下着に母上の御召し物を下されませ」
「よくぞ申されました。さあ、これを着て人に後れをとらぬよう、天晴れな働きをなされよ」と母は白無垢の小袖を与えました。
 富商助右衛門正因、馬廻役兼御使番200石、お預けの細川家で切腹、行年34才、法名は刃勇相剣信士は播州赤穂藩浅野家の江戸屋敷詰めのあ侍さんでした。
 元禄14年(1701年)3月14日、主君・浅野内匠頭は刃傷事件を起こして切腹、お家がお取りつぶしになった後も、赤穂へは帰らす、川崎在の平間村に移り住んでおりました。浅野家に日頃出入りの百姓・軽部五兵衛の屋敷他の一部を億り受けて建てた萬居で一時習字の手習い塾を開いていたともいわれています。この助右衛門の仮居がのちに、大石内蔵助ガ江戸に入る直前の10日間ばかり、足を留めた所なのです。本懐をとげた赤の浪士たちはお預けになった四家でそれぞれ、元禄16年2月4日に切腰していきました。
 遺書をと聞かれた助右衛門は「何も思い残すこともござらぬが、年老いた母をよろしく」と語り辞世の一首をしたためました。

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